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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)6971号 判決

原告

石部正夫

被告

東京コンドルタクシー株式会社

主文

1  被告は原告に対し金七二三万五五〇五円および内金六五八万五五〇五円に対する昭和四七年八月二六日以降支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告その余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は四分し、その一を被告、その余を原告の負担とする。

4  この判決は、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

一  被告は原告に対し金三二九六万円および内金三一一〇万円に対する昭和四七年八月二六日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

第二請求の趣旨に対する答弁

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第三請求の原因

一(事故の発生)

原告は、次の交通事故によつて傷害を受けた。

(一)  発生時 昭和四二年一一月三〇日午前〇時二五分頃

(二)  発生地 千葉県松戸市松戸一〇四五番地先交差点(国道六号線)

(三)  加害車 普通乗用自動車(練馬五き九二〇五号)

運転者 訴外 柳沼新一

(四)  被害車 普通乗用自動車(足立五え四八〇〇号)

運転者 原告

被害者 原告

(五)  態様

原告は、被害車を運転して東京方面に向つて進行中、本件事故現場交差点にさしかかつた際、対面信号が赤信号であつたため、信号待ち停車をしていたところ、後方から時速八〇キロメートルで暴走してきた加害車に追突され、この衝撃により被害車がさらにその前に停車していた他の車両に玉突き追突を余儀なくされた。

(六)  傷害の部位程度

全身打撲、頸部椎間板損傷

入院

総合第一病院 42・11・30―42・12・3

中野総合病院 42・12・5―42・12・23

同 43・11・14―44・2・23

通院

中野総合病院 43・1・4―43・11・13

同 44・2・24―46・12・初

(七)  後遺症

頭重、頸項部痛、耳鳴り等の症状あり、自賠法施行令別表等級の第七級に該当する。

二(責任原因)

被告は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していたものとして自賠法三条による責任。

三(損害)

(一)  逸失利益 二五四九万三三七二円

原告は、本件事故日以降昭和四六年八月末までの休業補償は被告から受けているので、昭和四六年九月一日以降六五才まで(原告は昭和四年四月三日生れ)の間自動車運転手として稼働可能である。

1  昭和四六年九月一日から昭和四七年一月末までの分 五六万八五六五円

原告は、中野総合病院へ再度入院するまでの間昭和四三年八月二日から同年一一月まで三ケ月位、事故当時勤務していた国際電気株式会社へ復帰し、タクシー運転手として勤務したのであるが、当時原告の月収は平均一〇万五五五五円であつた。

ところが、タクシー料金は昭和四五年二月一日に基本料金が一〇〇円から一三〇円に値上げされ(その他二キロメートル以降は四四五メートル毎に二〇円となり、又早朝深夜料金等も新設された)、運転手の水揚高も、陸運局の推定によれば二二・五パーセント上がり、又これに伴い、原告が加入していた新産別運転者労働組合と国際電気株式会社との間で締結された労働協約により原告の収入も一ケ月平均一五万〇〇八〇円となつた筈であつた。

又、原告は、労働者災害補償給付を月三万六三六七円宛受領する予定であるので、右金額を差引くと右期間中原告が失つた得べかりし利益は五六万八五六五円となる。

150,080-36,367=113,713×5=568,565

2  昭和四七年二月一日から同年一二月末までの分 一七三万三二三四円

昭和四七年一月当時の原告の平均月収は前記のとおり一五万〇〇八〇円であつたが、昭和四七年二月五日タクシー基本料金が再び一三〇円から一七〇円に値上げされ(その他二キロメートル以降は四三五メートル毎に三〇円となり、無線割増料金等も新設された)、その結果水揚高も陸運局の推定によれば、四三・七パーセント増加し、従つて又前記のとおり労働協約に従えば、右料金値上げに伴い原告の月収は一九万八九二〇円となつた筈であつた。

原告は、右期間中前記月三万六三六七円の労災給付のほか、昭和四七年三月八日から同月二七日まで東ハツト株式会社に、同年五月二三日から同年六月二三日まで東京スーツ株式会社にアルバイトとして働き(これらは、いずれも原告の健康状態が右労働に堪えられなかつたため退職のやむなきに至つたのであるが)、東ハツトからは一万九八七五円、東京スーツからは三万四九七四円を得ているので、これを前記収入から控除すると、原告の右期間中失つた得べかりし利益は一七三万三二三四円となる。

198,920-36,367=162,553×11=1,788,083円

1,788,083円-(19,875+34,974)=1,733,234円

3  昭和四八年一月以降六五才まで二二年間の分 二三一九万一六三〇円

イ 原告の月収一九万八九二〇円(増収分は見込まない。)

ロ 控除すべき金額

(1) 労災年金 三万六三六七円

(2) 原告が就職して得られるであろう月収三万円。

原告は、前記後遺症のため通常の労働は不可能であるが、一月の稼働日数一八日、日給一六六五円(前記東京スーツの賃金を基準とする)程度の収入は得られるものと推定する。

198,920-(30,000+36,367)=132,553円

132,553円×12=1,590,636円×14,58006299(22年ホフマン係数)=23,191,573円

(二)  慰藉料

原告は、現在四三才の男子であり、家庭には実母ちよ(六五才無職)、長女幸子(九才、小学三年生)がおり財産はなく、専ら原告の労働による収入によつて生計を立ててきたところ、本件事故により、入院、手術、治療と約三年九ケ月間苦痛をたえ忍んだのみならず、遂に身体障害者となり、自動車運転手に復帰することはもちろん何らかの作業に従事すれば、三〇分もしないうちに首から背骨にかけて痛みがひどく(とくに後頭部の痛みが頸椎骨を中心に激しく、頭の後を堅い物で力一杯なぐりつけたくなる位であり、時に両足の感覚を失い、歩行困難となることもある)、寝て安静にする以外に方法がない状態であり、肩こり、耳鳴り、手指のしびれ、無握力、瞼をひらいておれない等のため、通常の一般労務に就くことすらできず、一家の前途に光明を失い、精神的打撃はきわめて大である。

1  入院中の慰藉料 六七万五〇〇〇円

頭、腰、腕、首、背骨等の激痛になやまされ、とくに首を固定するため、砂袋を積重ねる等をして絶対安静にしていたのであるが、頸骨の第四、第五の間の軟骨がつぶれていることが判明し、遂に腰の骨を移植する大手術を受けた。

2  通院中の慰藉料 三二六万五〇〇〇円

イ 昭和四三年一月四日から同年二月末まで

最も激痛に苦しんだ期間であるから月一〇万円が相当。

ロ 昭和四三年三月から同年一一月一三日まで

一週間に一度位の割合で計四〇日通院。

医師の勧めもあつたので、前記のとおり臨時にアルバイトをしてみたが後頭部の鈍痛、首筋の痛み、背骨の痛みのため労働継続不可能となる。この期間は月七万円が相当。

ハ 昭和四四年二月二四日から昭和四五年八月末まで

手術後の移植骨が癒着するまでの期間であり、一週一回の割合で計六一日通院した。

頭の鈍痛、背中の痛み、手指のしびれ、耳鳴り、肩のこりは依然として続いており、特に冬のうちは頭痛が激しかつた。この期間は月一〇万円が相当。

ニ 昭和四五年九月一日から昭和四六年八月二四日まで月四、五回の割合で計五一日通院。

この期間は、原告が自動車運転手として再起することが不可能と考え、他に職を求めて社会復帰に努力した時期であるが、依然頭、肩、首等の痛みがとれず、首、肩等に直接注射をしてもらい痛みをやわらげてもらつた。

昭和四六年七月東京労災病院において、これ以上治療の方法なく、耳鳴り等は一生回復の見込なしとの診断をくだされた。

この期間は月五万円が相当。

3  後遺症障害に対する慰藉料 一六七万二〇〇〇円

労災病院で精密検査の結果、後遺症障害の程度は七級と認定された(但し、八級と一二級の併合)。

慰藉料は、自賠法施行令別表後遺症障害等級表七級の五分の四の金額をもつて相当とする。

(三)  弁護料

原告は被告に対し右損害額を請求しうるものであるところ、被告はその任意の弁済に応じないので、原告は弁護士である本件原告訴訟代理人にその取立を委任し、東京弁護士会所定の報酬規定により手数料として一八六万円(損害金の六分)を支払うことにした。

四(結論)

よつて、原告は被告に対し右損害合計三二九六万円および弁護士費用を除いた内金三一一〇万円に対する訴状送達の日の翌日である昭和四七年八月二六日以降支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第四請求原因に対する被告の答弁ならびに主張

一  請求原因第一項のうち(六)(傷害の部位程度)、(七)(後遺症)は不知、その余は認める。

同第二項は認める。

同第三項は不知。但し、タクシー料金が原告主張のとおり改訂されたこと、原告が主張のとおり後遺症につき労災病院で八級と一二級の診断を受けたことは認める。なお、原告は原告の月収が一〇万五五五五円であつたと主張するが、右金額は後記のとおり不当に高いものであつて、到底真実に合致しているものとは言いがたい。

二  逸失利益について

1  タクシー料金は、たしかに原告の主張するとおりに値上げされたのであるが、その営業収入ならびに運転手の賃金は右値上率に比例して上昇していない。

営業収入の上昇率は、昭和四五年の値上の際は一八パーセント弱、昭和四七年度の値上の際は三四パーセントにとどまつており、又運転手の賃金は、昭和四五年七月と昭和四七年八月を比較すると、その上昇率は二三・八パーセント(九万二五一二円から一一万四五九六円)にすぎなかつた。なお、これは全乗務員のうち五〇パーセント強の割合でしか存在しない皆勤者(一ケ月一三回乗務)を対象としたものであり、欠勤者に対しては欠勤の状況に応じこれより減額される。

ちなみに、社団法人東京乗用旅客自動車協会が昭和四七年六月三〇日現在タクシー乗務員の賃金を調査した結果は次のとおりであつた。

一ケ月営業収入 二三万三二五九円

一ケ月一三回乗務、一乗務平均営業収入は一万七九四三円。

又右収入をあげるために要する走行キロは一乗務につき三三〇キロメートル。

賃金 一一万〇二一五円

営業収入に対する比率は四七・二五パーセント。

2  タクシー運転手は肉体労働であるから一般的に年令を重ねるにつれてその労働能力は低下する。従つて、原告主張のように全期間一定の収入を挙げ得たことを前提とする計算方法は不当である。

又、将来長期間にわたる逸失利益を算定するに当つては、その利益減少は顕在化しないこともあり得るわけだから、出来る限り控え目な基準で算定すべきである。

ちなみに、賃金センサスによれば、タクシー運転手(四〇才から四九才)の平均給与は昭和四六年度において月七万八六〇〇円にすぎないのである。

3  原告は、中野総合病院に昭和四三年一一月四日再入院する前三ケ月ばかり運転手として稼働しているのであるが、このような原告の安易な治療態度がその病状を悪化させた疑いが強く、当初からより慎重な治療を期しておれば、かくまで長きに亘つて休業する必要はなかつたと思われるのであつて、休業全期間の損害を被告に請求するのは不当である。

4  後遺障害についても、原告も主張するとおり八級と一二級と診断された結果、一級繰りあがつて七級となつたものにすぎず、その労働能力喪失率を考えるに当つては右事実を十分考慮すべきであり、従つて、その労働能力喪失割合もせいぜい四〇パーセント程度にとどめるべきである。

三  弁済

被告は左記のとおりの弁済をなした。

1  治療費 九〇万八八二〇円

2  付添看護費 一一万六五〇〇円

3  コルセツト代 八六〇〇円

4  休業補償費 二二八万五二三〇円

5  労災関係国庫納入金 七三万三一二六円

第五被告の主張に対する原告の答弁

被告の主張事実はいずれも否認する。但し、弁済の事実は認めるが、右弁済は本訴で請求している損害以外の分についてなされたものであるから、本件損害につき填補されるべきものではない。

第六証拠〔略〕

理由

一  当事者間に争いのない事実

請求原因第一、二項のうち、傷害の部位程度、後遺症を除いた事実

二  原告の受傷の部位程度について

〔証拠略〕によれば、原告は、原告の主張するとおり、本件事故により後頭部、腰部打撲、頸部椎間板損傷等の傷害を受け、右治療のため、事故当日の昭和四二年一一月三〇日から同年一二月三日まで第一病院に、同一二月五日から同年一二月二八日までと、翌四三年一一月一四日から翌四四年二月二三日までの二回にわたつて中野総合病院に各入院し、又右退院後昭和四六年八月二四日までの間に一九四日中野総合病院に通院したのであるが、現在なお頸椎から背部にかけて痛みがあり、耳鳴り等も消えず、月二回位の割合で通院を続けていること、なお、原告は、昭和四六年七月一二日東京労災病院において脊柱に運動障害があり、又頸椎から背部にかけて痛みがあり、耳鳴り、両拇、示指の痛み、頸部が重たい等の症状が残つており、これらはそれぞれ自賠法施行令別表後遺障害等級表の八級二号、一二級一二号に該当する旨の診断を受けていることを認めることができる。

三  損害

(一)  逸失利益

〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

原告(昭和四年四月生れ)は、タクシー運転手としては、本件事故当時一年余の経験しか有していなかつたが、昭和四二年九月国際電気株式会社にタクシー運転手として勤めはじめて以来、常に収入面では同社運転手の中でトツプグループに入る優秀な成績をあげていたものであるが、本件事故後担当医師の勧告により昭和四三年八月から同年一一月再度中野総合病院へ入院するまでの間右会社に復帰して一時働いたほかは、前記判示にかかる本件事故による傷害のためタクシー運転手として稼働することができなくなつた。ちなみに、原告の運転免許は、昭和四八年一月技能臨時適性検査の結果、普通二種免許を一種免許に格下げされ、しかも運転可能車両も、排気量二〇〇〇CC以下の車両に限定されている。

原告は、右のほか、昭和四七年三月八日から一ケ月間位東ハツト株式会社に、同年五月二三日から同年六月末ごろまで東京スーツ株式会社にそれぞれ勤め、糸くずをはさみで切り取つたり、帽子の飾りつけをする程度の極く軽い仕事に従事したが、それでも体の調子が思わしくなく、結局いずれも辞めざるを得なくなり、その後、自分の健康状態に合つた条件の就職先を探しているものの適当な仕事が見つからないまま、月額三万六三六七円の割合で支給される労働者災害補償年金の他、近くに住む原告の妹の援助を受けて生活し、今日に至つている。

なお、原告は、本件事故による受傷後講習等を受け、昭和四六年一一月宅地建物取引主任者資格試験に合格している。

タクシー運転手の勤務は、一ケ月一三回乗務(一回乗務は朝出勤して翌朝退社するまで勤務すること)が通常であり、その賃金は、基本給の他、稼ぎ高に応じて一定の比率で支払われる歩合給や深夜手当等の諸手当からなつているため、固定給でなく、月により高低がある。

ところで、原告は本件事故当時新産別運転者労働組合に所属していたところ、同組合所属の自動車運転手は、同組合から各タクシー会社(又は運輸会社)に派遣され、各タクシー会社とは、いわば日雇的雇用関係にあるにすぎないものであつたため、正規のタクシー会社の従業員である運転手に比し、その身分保障の点で不安定な面がある反面、賃金は、右労働組合とタクシー会社との間に締結された労働協約に基づき、右正規の運転手より有利な取扱がなされていた。

ちなみに、右労働協約によれば、右組合所属タクシー運転手の基本給(但し一回乗務単位、以下同じ)は、昭和四五年一月以前は、二四〇〇円、昭和四五年二月以降は五〇〇〇円、昭和四七年二月以降は五〇〇〇円(但し現行は六〇〇〇円)と定められており、又歩合給は、昭和四五年一月以前は、営業収入が七五〇〇円から一万五〇〇〇円までの分については、その〇・八八パーセントから三四・六二六パーセントの間で、右収入が増加するにつれて高率となるように決められ、又一万五〇〇〇円以上の営業収入がある場合については、収入が五〇〇円増すごとに一パーセント宛右歩合給に加算して計算するように定められており、昭和四五年二月以降は、営業収入が一万〇五〇〇円をこえた場合には、そのこえた部分に対する七五パーセント(但し、現在は、営業収入が二万円までのときは、一万一〇〇〇円をこえた部分の五三パーセント、二万円をこえたときは、そのこえた部分の六五パーセントを二万円の歩合給に加算することになつている)が支給されることになつている。

又、原告の勤務していた国際電気株式会社は、タクシー運転手の定年が五五才と定められていたが、定年延長制度も設けられており、又一般にも六〇才をこえてなおタクシー運転手として働いているものもないではない。

さて、タクシー料金は、昭和四五年二月一日から従来一〇〇円であつた基本料金(二キロメートルまで)が一三〇円に、又二キロメートル以降の料金も四五〇メートル毎に二〇円であつたものが四四五メートル毎に二〇円にそれぞれ値上げされた他、深夜、早朝割り増し料金制度を新設する等、タクシー業者の収益が二二・五パーセント増になるように目論んだタクシー料金の値上げが行われ、次いで、昭和四七年二月からは、四三・七パーセント増収を見込んで、基本料金が一七〇円に、二キロメートル以降の料金も四三五メートル毎に三〇円とそれぞれ値上げされた他、無線タクシー呼出割増料金制度の新設等がなされた。

しかしながら、右値上げに伴う利用者の減少、交通事情の悪化、経費ことに人件費の増大等により、右各値上げの場合とも当初に見込まれた程の営業収入の増加はみられなかつた。

以上の各事実を肯認するに足りる。

そこで、さらに進んで原告の損害額について検討する。

〔証拠略〕によれば、本件事故当時、原告は一回乗務し、少くとも一万三三七〇円の営業収入をあげていたことが認められるところ(原告は、昭和四三年八月一時職場に復帰した時点における収入を基礎として原告の逸失利益額を算定しているのであるが、右稼働期間は、社会復帰のため、いわば治療の一環として医師の勧めにより原告としては無理して働いたものであるにもかかわらず、稼ぎ高が本件事故前に比し多額にすぎるという感じを免れないばかりか、右認定にかかる事故前の収入も国際電気株式会社の中では運転手一〇〇余名中二ないし四位の成績であつたというのであるから、右事故前の収入額を原告の逸失利益算定の基礎とすることもあながち不当とは言えない筈である)、前掲長谷川証言に照らしても、前記判示の昭和四五年と昭和四七年のタクシー料金の値上げにより、タクシーの営業収入も一八パーセントおよび三四パーセント程度は増収になつたということができ、従つて又原告の営業収入も昭和四五年二月以降一万五七〇〇円(月二〇万円)、昭和四七年二月以降二万一〇〇〇円(月二七万円)にはなつたものと言い得る。

ところで、原告は、原告の逸失利益額は原告が加入していた新産別運転者労働組合がタクシー会社との間で締結した労働協約の規定に従つて算出されるべきであると主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、右労働組合に加入している運転手は、タクシー会社とは日雇的雇用関係のもとにあり、臨時雇的性格が強く、身分が不安定であり、そのため正規のタクシー会社の従業員である運転手より賃金が高く定められているのである。

従つて、短期間の逸失利益を算定する場合はともかくとして、将来長期にわたる逸失利益を考えるに当り、右労働協約に規定してある基準によることは、右労働協約が臨時雇的な継続性のない不安定な雇用関係にあるものに対する適用を前提としているだけに、相応の修正を施さない限り、妥当性を欠く結果を生ずるものといわざるを得ない。

そこで、原告の逸失利益額を考えるに当つても、右労働協約の基準に従うことを避け、一般的な統計である〔証拠略〕を利用することとする。

ちなみに、右乙第六号証の三(昭和四七年六月三〇日現在における東京乗用旅客自動車協会傘下のタクシー会社所属タクシー運転手賃金集計表)によれば、右タクシー運転手の賃金は、営業収入月二〇万円から二八万円の間においては、その四七・一六パーセントないし四七・三一パーセントの間で、営業収入の多寡に応じて算出支給された結果となつている。

ところで、原告は、前記判示のとおり昭和四六年七月には、症状が固定したとして後遺症の診断を受けているのであるが、その後も事実上稼働できない状態が続いているというのであるから、原告の主張どおり昭和四七年一二月末までは、いわゆる休業損害として得べかりし賃金の一〇〇パーセントを、その後は労働能力喪失による逸失利益として右喪失割合により損害を認めることとし、又その労働能力喪失率については、原告が将来再びタクシー運転手として働くことのできる可能性は、現状ではきわめて薄いといわざるを得ないが、前記判示の後遺症の程度に、原告の年令、経歴、および旧制中学校卒の学歴を有し、本件受傷療養中に宅地建物取引主任者資格試験に合格したという原告の能力、さらに労働省労働基準局長通達昭和三二・七・二基発五五一号労働能力喪失率表等を考えると、労働能力喪失率は五〇パーセント、又右喪失を認める期間は一〇年をもつて相当というべきである。

そこで、以上認定の各事実を前提として、逸失利益額を計算すれば、次のとおりとなる。

1  昭和四六年九月から昭和四七年一月まで

月収 一〇万円

右期間については、前掲乙第六号証の三のような資料がないので、前記判示の予想月間営業収入額に、原告の過去の実績や〔証拠略〕をも参酌して、右期間における原告の得べかりし月収は一〇万円と認めるのが相当である。

10万円×5=50万円

50万円-労災年金(36,367円×5)=318,165円

2  昭和四七年二月から昭和四七年一二月まで

月間営業収入 二七万円

月収 一二万八〇〇〇円

128,000円×11=1,408,000円

1,408,000円-(36,367円×11)=1,007,963円

次に右金額から、〔証拠略〕により、原告が右期間中に前記東ハツト、東京スーツから得たと認められる収入計五万一一〇七円を差引かなければならない。

1,007,963円-51,107円=956,856円

なお、右、1、2の損害については、本来中間利息を控除すべきものと考えられるが、原告は本件損害に対する遅延損害金の起算日を訴状送達の翌日として請求しているので、衡平上右控除はしないこととする。

3  昭和四八年一月以降

128,000円×0.5-36,367円=27,633円

27,633円×12月×7.7217=2,560,484円

4  右合計 三八三万五五〇五円

ところで、右認定に反する趣旨の〔証拠略〕が存在するが、前記認定の経過に照らすと、右各証拠をもつてしても未だ右認定を動かすことはできないといわざるを得ない。

(二)  慰藉料 二七五万円

前記認定の本件事故の発生事情、治療状況、後遺症状、その他右(三)で述べた諸事情を考慮すると、本件事故により原告が蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料は二七五万円をもつて相当と認める。

(三)  損害の填補

被告主張の損害支払分は、いずれも本訴請求にかかる損害の支払に充当すべきものではない(休業補償として支払われたのは、昭和四六年八月までの分についてである)ので、右被告の主張は失当である。

(四)  弁護士費用

原告が本件訴訟追行を原告代理人に委任したことは、記録上明らかであり、被告の抗争の程度、本件事案の内容、審理の経過、認容額等を考慮すると、被告に請求し得る相当因果関係のある損害としての弁護士費用は六五万円をもつて相当と認める。

四  結論

以上のとおりであつて、原告の本訴請求は、前記損害合計七二三万五五〇五円およびこれから弁護士費用を除いた六五八万五五〇五円に対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四七年八月二六日以降支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるので正当として認容し、その余は理由がないので失当として棄却する。

よつて、民訴法八九条、九二条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 福富昌昭)

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